函館地方裁判所 昭和25年(ヨ)102号 決定
(選定当事者)
申請人 野中富雄
被申請人 函館船渠株式会社
判示事項
作業所の生産実績と各従業員の勤務日数等に応じて正規の賃金以外に支給さるべき生産奨励金の仮払を求める仮処分の必要性の有無
一、主 文
申請人の申請を却下する。
二、理 由
第一、申請の趣旨。
被申請人は申請人外別表記載の者に対して夫々同表記載のとおりの金員(昭和二十五年四月分生産奨励金)を本件仮処分決定送達の日から五日以内に支払え。若し被申請人が右期間内に右金員を交付しないときは申請人の委任する函館地方裁判所所属執行吏は強制執行その他適当な方法を採ることができる。
第二、申請人提出の疏明資料によつて当裁判所が一応認めた事実とこれに対する判断は次のとおりである。
一、昭和二十五年四月分生産奨励金債権の存否について。
被申請人は東京都台東区上野元黒門町に本店、函館市弁天町八十八番地にその主たる営業所並びに事務所、函館市、室蘭市に各事業所を有し、船舶、鉱山機械の製造、修理を営業種目とする株式会社であつて、昭和二十五年八月十五日閉鎖されるまで小樽市、青森県下北郡大湊町にも各事業所を有していた。申請人外別表記載の者はいずれも昭和二十二年三月三十一日全日本造船労働組合函館船渠支部として発足し昭和二十四年六月十五日全日本造船労働組合北海道支部と名称を変更した函館市帆影町二十番地に事務所を有する労働組合の組合員であり、同組合と被申請人は昭和二十四年十月十五日その支部経営協議会において従来実施して来た生産奨励金制度を改訂し左記趣旨のような合意が成立した。即ち(イ)生産奨励金は基準賃金に物価手当(冬営手当を含む)を加えたものに各事業場の従業員数(役員室負担分を含む)を乘じ四割で還元したものをその工場の生産責任額(但し万以下は切捨)としこの責任額を超過した金額に配分率を乘じたものを支給する(ロ)基準賃金は六千円とし、これに加うべき物価手当(冬営手当を含む)は函館、室蘭、小樽は千五百十三円、大湊は千四百五十七円とし配分率は三十パーセントとする(ハ)算定の人員は毎月末の在籍人員とするが、休職者、特別休職者、課長以外の非組合員及び月末以前一ケ月以上の長期欠勤者を差引き役員室の人員を加算したものとする(ニ)本制度は昭和二十四年九月度から昭和二十五年三月度まで実施し、一ケ月毎に精算し生産責任額に赤字がでても翌月に繰越さない。
(ホ)毎月十日に前月分生産奨励金を支払う、というのであつた。ところが被申請人は昭和二十五年二月二十三日をもつて右生産奨励金制度とは別個に組合と被申請人間に締結されていた昭和二十三年八月二十四日改訂調印の労働協約が効力を失うや、同月二十四日右生産奨励金制度も亦該労働協約が効力を失うと同時にその効力を失つた旨通告して来たが、同日組合と被申請人は、昭和二十五年二月二十四日以降新労働協約締結の日まで暫定的に右生産奨励金制度を引続き実施する。但し、三月分生産責任額算定の基礎金額は七千円とする旨の契約を締結し、被申請人は右暫定協定による昭和二十五年三月分生産奨励金は支払つたが、同年四月分のそれは未だ支払つていない。しかして右暫定協定によれば、申請人外別表記載の各組合員が受取るべき昭和二十五年四月分生産奨励金は夫々別表記載のとおりの計算になることは明かであり、右金員の支払期が同年五月十日であることは前記のとおりである。
そうだとすれば、被申請人は昭和二十五年二月二十四日の合意に基いて、申請人外別表記載の各組合員に夫々同表記載のとおりの昭和二十五年四月分生産奨励金を支払う義務があると一応考えられる。
一、仮処分の必要性。
およそ、争ある権利関係について、その紛争の解決を本案訴訟の結果にまつときは、必然的に一定の日子を要するため、たとえ債権者が後日勝訴の判決を得てもその間債務者の惡意による執行妨害行為その他により権利本来の内容を実現し得ないような緊急の危険がある場合にはかかる危険を除去防止するため債権者に対して仮にその権利を実現し得る地位を定める仮処分を許容する等その権利実現を保全するに足る仮の処分が許されるのである。
ところで、本件の場合に果してこの種仮処分をなす緊迫した必要があるといえるかどうかについて案ずるに、申請人等が本件仮処分において保全しようとしている権利は昭和二十五年四月分生産奨励金であり右奬励金の不払は、今日の経済事情においては申請人等及びその家族に対し異常な不安を与えているから本件仮処分により仮に右金員の支払を求める必要があると主張する。しかしながら、生産奨励金とは前認定の事実から知られるように、月々定期的に支払わるべき基本給及び物価手当(以上合計一人当り七千五百円)とは別個に各事業所の生産実績、各従業員の勤務日数等に応じて計算し、右基本給及び物価手当に添加して支払われる賞与ともいうべき性質をもつた不定額の金員である。しかして昭和二十五年四月分生産奨励金額についてみるとその申請人等一人当りの額は最高二千九百十円四十銭、最低二十八円であつて、一人当りの平均額は約七百七十二円に過ぎぬ。なるほど申請人等及びその家族は被申請人から受取る労働賃銀を唯一の生活資料としているものであるから、申請人等に対して今直ちに生産奨励金が追加して支払われることは望ましいことではあろうが、けれども、今日の経済事情からみるとき前記のように一人当り平均七百七十二円に過ぎない生産奨励金の支払なくては申請人等及びその家族の生活が異常な脅威を受けるものとはいい難く、申請人等において緊急に本件生産奨励金の支給をうける必要があるものとは到底考えられない。(このことは申請人等が右生産奨励金の請求権が昭和二十五年五月十日の経過によつて発生しているのにその後約五ケ月の後である同年十月六日に至つて漸く本件仮処分申請をしている事蹟からも十分窺知できるのである)。そこで、本案訴訟の確定をまつときは本件生産奨励金請求権が危険に瀕する虞があるか否かの点について考えるに、被申請人会社は過去において前記基本給及び物価手当をその支給日に一時に支払わないで数回に分割してこれを支払い所謂給料遅配の状況にあつたことは認められるけれども、現在我国の一般経済界の実情、造船界の将来性等を合せ考えると、他に被申請人が現在及び将来において支払不能及びこれに類する経営上の危険におちいることについて何等具体的疏明のない本件では、該事実のみを以ては未だ本案訴訟の結果をまつにおいては、申請人等の本案請求権が確保できないとは認められない。
第三、結論。
申請人外別表記載の者が被申請人に対し同表記載金額の昭和二十五年四月分生産奨励金債権を有することは一応認められるが、本件仮処分申請はその必要性がないと認むべきであるから、申請人等の本件仮処分申請は認容すべからざるものとしてこれを却下し、主文のとおり決定する。
(裁判官 岩崎善四郎 森松万英 加藤一芳)